プールで溺れた時に起きた心と身体の変化!

あれは、幼稚園生になる前くらいかな…

お墓まいりに行って、おばぁちゃんの家に寄る恒例の夏。

昔は、高速道路がない場所だったから車で2時間かけて、行ってたなぁ…

✧あの頃、プール大好き

おばぁちゃんの田舎では、夏になると誰でも入っていいプールがありました。

もちろん、幼い子は保護者同伴です!!

家からプールまで、水着とビーチサンダルに浮き輪を腰に置いて、そのまま歩いて行く様な田舎(笑)

従姉妹のお姉さんは、長いタオルを巻いて、腕に小さな浮き輪を二つはめていて。

「かわいいなぁ~」と見上げながら思っていました。いつか、あの小さな浮き輪をはめてみたいと…

少し遅れて、おばぁちゃんと母がついてきてます。私はルンルンで水浴びをして、体操を適当にやって。

浮き輪をつけたまま、プールにドーンっ!!

泳げないし、足もつかないけど浮き輪があるから余裕で、はしゃいでいました。

従姉妹のお姉さんは、小さな浮き輪を腕にしプールの中心に行って楽しそうにしてます。

すると、小さな浮き輪を外しながら、私の方に来てプールサイドに可愛い小さな浮き輪を置いていったんです。

これは、チャンス!!と急いでプールサイドに駆け上がり、自分の浮き輪を脱いで、小さな浮き輪を腕にはめ、そのままプールサイドに掴まりながらプールに入りご満悦♡

私は、ドキドキしながらプールの真ん中に行ってみたくて壁を思いっきりキックしました!! 2メートルくらいは進んだかな…

すると、どんどん沈んで行くんです。何故なら小さな浮き輪を腕にはめても浮かないからです。

そぅあれは、泳げる人が可愛いから身につけるだけのアクセサリーみたいな物でした。

そんな事は、知りません。

あれよあれよと、私は沈みます。

✧沈んで行く中で死の狭間

最初は、わけがわからない。

「あれ?浮かない」って…そのうち焦る

手足をジタバタしてみるけど、ドンドン顔が沈むんです。

「助けて~」なんて叫ぶ余裕はない。息をするのに必死だからです。

それでも、口の中に水がドンドン入ってきて飲みます。鼻からも水が入ってきます。息も一緒に飲みます…とにかく必死なだけ。

そして、気づけば頭までスッポリと水の中で

そこからが摩訶不思議☆。.:*・゜

水面から30cm、50cm、1mと沈んで行く中で最初は苦しかったはずなのに、自分の体から出る泡を見て「わぁ!綺麗だなぁ」と思ってるんです。

沈めば沈むほど、体から出る泡が美しくて今でもハッキリ覚えてます。

水面に顔がある時は、体は重かったのに沈みながら、フワフワと軽い、どこまでも飛んでいける程、フワフワです。

水もたくさん飲んだし、息も随分してないのに、全然苦しくない。それどころかプールの底についた頃には、とっても気持ち良くて幸せな気分でした。

ユラユラと揺れながら、だんだん小さくなる泡を見て、何かに包まれているように幸せな気持ち心地よい感覚です。

恐怖や不安は、全く感じなかった。

溺れはじめた時でさえ、ただ必死なだけで恐怖や不安は無かった。たぶん「死」を意識してなかった歳だったからかもしれない。

苦しくて焦った時間は、すごく短い。

「死」を恐れていない場合もしかしたらスムーズに逝けるのかもしれない。

私たちは、「死」を恐れて暮らすように造られているのか?それとも、育てられたのか?

1度きりの経験だけど、もしあのまま死んでいたら私は「死」を恐れる事のないまま旅立っていただろうと思います。

残された家族は、とても辛く悲しい思いをするだろうけど。私は、心地よい中で美しい泡を見て旅立ったんです。苦しみや不安、恐怖のないまま…

でも、私はまだ死ぬ時期では無かったようで

✧ふんどしのじぃちゃん

プールの底に、どれくらい沈んでいたのかは、わからないけど

私は、ずっと目を開けていました。泡が綺麗だったから

最後の最後、ほんとに小さな泡が出て行くのを心地よく見ていたら、バシャバシャと白いふんどしを水面になびかせながら、おじぃさんが泳いでました。

その、おじぃさんは顔を水に入れて私の目を見ました。私も、ずっと見ていました。

そして、そのままプールの底まで来て、私を抱えプールサイドのタイルに置かれて「背中が暖かい」と記憶しています。

それから、どうやって家に帰ったのか、その後どんな風に過ごしたのか記憶がありません

寝てしまったとしても、家族で話すべき一大事だったはずだけど…何も記憶がありません

ただ、死に際の水の中は心地よい

そんな記憶だけが残っています。

最後まで読んでいただき

ありがとうございます。


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