23年間、野良猫として生きたメス猫の話



この猫の名は、「のらママ」と呼んでいました。あの家に引越して来たのは、私が18歳の時で、その頃「野良ママ」は子猫ではなく、すでに成猫でした。

それから23年も生きるなんて…賢い猫です。

✧最初は懐くと思ってた

ひょっこり、ウチの敷地に現れる様になったメス猫(シャムミックス) 当時、可愛いそうな猫を見るとゴハンあげちゃうスタイルは主流で、「地域猫」なんて言葉すらなかった…

家と外も、自由に出入りできる様に勝手口のガラスに猫様の穴をガラス屋さんに作ってもらっていたし。

予防接種も今みたいに、していなかった…

時代は、かなり変わっています。良い方に変わっていると思いたいところですね!

のらママは、パッと見かわいい顔をしています。でも、猫パンチの速さはピカイチ!!

何度もヤラれました。

ご飯を人間の手からあげたら、仲良くなれるんじゃないかって…そぅ思っていたんです

でも、現実は難しく慣れるどころか人間との距離は果てしなく遠いものでした。

メスだから、子供増えるし捕まえて避妊手術しなきゃって思ったんですが、頭のいい猫でね。捕獲器にあるご飯を食べる事は、1度もなかったです。

お腹が減ると、窓に鼻がつく距離でジーッと座って何時間でも待つ!てくらいの根性あるメス猫です。

窓を開けると、2メートル程遠くに逃げます

ご飯を置いて窓を閉めると食べにきて満腹にならない時は、また窓越しにジーッと座って見てます。

そのうち、窓を開けても逃げなくなり。

調子に乗った私は、少し手を伸ばすとハードな猫パンチが秒単位で連打され血まみれです

なので、逃げないけど触ることなど皆無☆

だんだん怖くなって、ご飯をあげる時は

窓を開け、お皿を置いて ハサミ火鉢でズリずりと食べやすい場所まで移動させる毎日です(笑)そんな23年ですよ笑っちゃいますね

✧捕まらないから出産します

当然、発情期が来て妊娠して、出産します。

自然な流れです。

避妊手術していないんですから

のらママは、どこか安全な場所を見つけて赤ちゃんを産み離乳食になると、しっかりウチの敷地内に運んできて育児放棄していきます

健康な赤ちゃんなら、まだ良いけど…

だいたい寒い時期に産まれた子はグジュグジュの風邪ひきばかり、そんな離乳食の猫たちは家に入れ治療して家猫にするしかありませんでした

年に2回から3回、のらママは赤ちゃんを産みました。その度に離乳食を迎えた猫を連れて来て放置するんで、里親探しをする事にしたんです。

地元の団体さんにも協力してもらいながら、健康な子を里親さんに託しました。

のらママは、相変わらず捕獲器に入る事もなく産み続けるんです。正直、キリがない…

でも連れて来る子猫は2匹か1匹なんですよ。

たぶん遺伝子の強い子だけがギリギリ離乳食まで生きれてたんだと思います

例え、のらママがご飯に不自由する事なく外で生きてても立派に育つ赤ちゃんは少ないんです。まして、ご飯も食べれてない母猫が産んで乳を与え獲物を取り離乳食で立派に育ちあがる、なんて子猫は奇跡です。

母猫が満腹でも乳だけで育つ子猫は1匹2匹が限界…ましてや事故やカラスや蛇なんかにヤラれてしまうし

人間を頼らない

現実の野良猫は、これですよ。

立派な成猫になれる可能性は低い

昭和の時代、野良猫なんて当たり前

子猫がたくさんいて、どこにでも猫がいた

下校の途中に、学校で残したパンや牛乳をあげたり、駄菓子屋さんで買ってきたお菓子あげたりしてたょ

のらママにも、竹輪や食パンやじゃこ天とかあげてた…猫の身体に悪いとか知識なかったし大好きな食べ物だったからね。

でもウチは、今でもたまに猫の身体に悪いと言われている「ねりもの」をあげています。

例えば、薬を飲ませるのが大変な猫には、好きな「ねりもの」に薬をグニュっと差し込んで誤魔化して食べてもらってます。

のらママが風邪ひいた時は、大好きな竹輪に薬を差し込んであげたりしてました。

23年も生きたメス猫、もぉ何回出産したのか数えてないのでわからないけど…

高齢になってきた頃から、妊娠をしていても流産したり、死産だったりしていました(死んだ赤ちゃんをくわえて倉庫で何日も一緒に居た時がありました)

病院の先生は死ぬまで妊娠しますよ猫はっ!て言ってたけど立派な赤ちゃんを育てる機能は、もぉ無かったようです。

人間を嫌い野良である事を貫いた猫

のらママ☆この猫の子供たちは今も私の側で生きてます。

・ビビ 11歳

・しーちゃん 11歳

・ぶちを 10歳

・ゆき9歳

・おこ 6歳

・キルア 6歳

年代は、バラバラですね。

1番年上の11歳は同じ時

1番下の6歳は、半年違いの猫です。

✧人間嫌いな、のらママだけど

とことん人間を避けて生きてきた「のらママ」だけど、わが子に対する愛情はかなり深いものだったと感じる事がありました。

何年か経ってから、敷地内にある倉庫をのらママ様に改造して住み心地よくしたのです

最初の何年かは全く近づかないし、ましてや倉庫で出産する事は1度もなかったです。

でも離乳食になると、倉庫に子猫を置いて行くスタイルは変わらずやってました。

時期によっては、自分も一緒に倉庫で子育てする時もあり。

そんな時は、倉庫を覗きに行くなんて事は地雷踏むくらいの事で(汗)

でも「ミャーミャー」と聞こえるから見たいし気になるので…のらママが出かけると私は速攻で倉庫に行き確認に行くんですが

たまに、危険を察知してUターンし戻ってきて、私のお尻に噛み付いて爪を立て身体を揺らす!必殺技をかけてきたり。

子猫が、隙間に顔が挟まって鳴いているのを見つけ助けている、ばぁちゃんに飛び蹴りキックをして、ばぁちゃんが転ぶ!てマンガみたいな出来事があったり(笑)

思いだせば、たくさんありますが

人間嫌いでも「我が子」は命より大事な存在だという事がわかりますね。

のらママが、人間を嫌いになった理由は私には わかりませんが。

自分が死んでからも、なお我が子の事を思う母猫の気持ちが継続していて。

私たちのサポートもしてくれていたのですよ。気になる方は是非ご覧ください

事実しか記事にしていませんので…下にリンクおいてます。

⇒「のらママ」の思い

生きている間に、のらママを触る事は無かったです。

最後、弱っていく姿を見て毎日毎日

どこで死ぬのかな?と思っていました。

ヨロヨロしながら、2日間も姿が見えなくて

どこかで死んだと思ってたら朝方になり外猫用のソファーに居るのを見ました。

微かに息はしています。

窓越しに、ずっと見ていました…

時折、立ち上がりクルクル回りバタと倒れ何回か繰り返し、そのまま眠る様に息が止まりました。

息が止まって、まだ温かいうちにやっと撫で撫でして、顔を手で包んでお水を口に入れて、こんな皮膚で こんな毛質だったんやねーって言いながら「お疲れ様」という気持ちだったの思い出します。

その時、のらママが最後まで手放さなかったメス猫の「めず」という名前の猫がずっと側に居たのでソファーに次の日まで置いていました。

「めず」は当時6歳くらいで、冷たくなったのらママの側に、次の日もいたんですよ。

お母さんの事が大好きだった「めず」のらママの死後…6ヶ月して後を追うように死んでしまいました。

この「めず」は、最後の時間は家の中で過ごし人間にも慣れて最後は家族で看取る事が出来たんです。

これも、もしかしたら「のらママ」が望んでそぅさせたのかもしれないなぁ~って今

思います。

「のらママ」の話を読んで、最後は弱っていたなら捕まえて家で看てあげたら良かったのに…と思うかもしれませんが

のらママがそれを望んでない!と私は理解し、のらママも「この家なら人間は手を出さない」と分かったから戻ってきてソファーで息を引き取ったんだろうと思っています。

 

時に人は、自分が耐えられないから「最善」とし選択します。

苦しみを取り除いてあげたい!私もそう思います。でも…

そうではない時も、あるんです。

 

最後まで、読んでいただき

ありがとうございます。

「23年間、野良猫として生きたメス猫の話」への2件のフィードバック

  1. 感動しました 野良ママの子どもたちの面倒をずっと観てあげてるのもすごい 最後は野良ママとの絆のようなものも感じました。

    1. コメントありがとうございます。

      野良ママから、ずっと見られているプレッシャーもありますが(笑)
      心から感謝しています。この地に巡り合わせてくれたのも、今いる猫たちとの日々も全て(*´ω`*)

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